Column
Our Roots

 28 August, 2016    Dakota / Stereophonics
 
 「山の日」翌日を休暇にしただけの短い夏休み、以前から気になっていたパリのジャーナリストAntoine Leirisのドキュメントを読んだ。2015年11月13日パリ同時多発テロ、バタクランのロックコンサートで妻を失った著者は、フェイスブックへ「(テロリスト達に)憎しみを与えない」と投稿した。そして事件当日から2週間の日常を「ぼくは君たちを憎まないことにした (Vous n'aurez pas ma haine)」という1冊の本にまとめた。
 
「17ヶ月のメルヴィルはいつものようにおやつを食べ、いつものように僕と一緒に遊ぶ。この幼い子供が、幸福に、自由に暮らすことで、君たちは恥じ入るだろう。君たちはあの子の憎しみも手に入れることはできないのだから。」(土居佳代子訳)
 
 2005年7月ロンドンの同時多発テロの後、UKのロックバンドStereophonicsは、"It Means Nothing" としてテロで愛する人を亡くした悲しみを歌っている。「ぼくは君たちを憎まないことにした」を読んでこの曲のMVの「妻と子供の寝顔」のシーンがオーバーラップした。
 
 Did we lose ourselves again?
 Did we take in what's been said?
 Did we take the time to be,
 All the things we said we'd be?
 So we bury hopes in sand
 And my future's in my hands
 
 It means nothing
 If I haven't got you
 
 "It means nothing (2007)"
 
 
 先月末7月26日、そのStereophonicsを初めて観た。
 TSUTAYA O-Eastでのライブ、数万人規模のスタジアムコンサートで演奏する21世紀UKを代表するバンドだが、日本での知名度は低く1300人キャパのホールでもチケットはSold outとなっていなかった。
   Stereophonicsは南ウェールズの小さな炭鉱の町・カマーマンの幼馴染3人、Kelly Jones、 Richard Jones、Stuart Cableにより結成されたバンドだ。ドラッグとアルコールの問題でドラマーのStuartが脱退(2010年死去)、それ以来は実質2人のコアメンバー+αで活動を継続してきた。97年メジャーデビュー以来、ブリットポップムーブメント終焉後の正統派ロックとしてUKで絶大な人気を集めている。
 Stereophonicsの魅力はリードボーカル、ソングライターKellyの声にある。イギリス英語にはGravelly voice(砂利のような声)という表現があるが、本当に土埃を上げて砂利道を走るようなボーカルだ。全く個人的な趣味になるが、真夏の炎天下に彼の声を聴きながらジョギングするのが大好きだ。Just Lookingの気怠いジャリジャリした声をききながら ,熱中症と紙一重の脳みそが蕩けるようなサディスティックな瞬間は何ともいえない。
 
 渋谷道玄坂にあるTSUTAYA O-Eastに着くと2階最前列のスペースを確保した。フラットなオールスタンディングの会場で落ち着いて演奏を楽しむにはベストポジションだ。会場は女性ファンが多く意外に華やかな雰囲気だった。それは炎天下の砂煙のイメージを抱いて会社帰りに立ち寄った男には少し違和感のある光景に感じられた。
 メンバーが登場しKellyが”C'est La Vie”を歌い始めると、自分の抱いていたStereophonicsと実際は全く違うバンドだった事にすぐ気がついた。Kelly の砂利声から想像していたワイルドな雰囲気はなく、彼らは洗練されていてスマートなカッコいいバンドなのだ。 そんな先入観とのギャップは徐々に消え失せ、大好きなミディアムバラード“A Thousand Trees” “Have A Nice Day”の演奏あたりからStereophonicsの世界が、そのギターサウンドの塊となって迷いなく体に浸透してくる。
 
「10年前を思い出して涙が出た」
クロージングの”Local Boy In The Photograph”が終わりアンコールの拍手の間、近くにいた女性達の会話が聞こえてきた。来年でメジャーデビュー20年となる彼らとともに青春を過ごしたコアな女性ファン達がいるからこそ、洋楽不振の日本にこれまで9回もやってきて、こんな小さな会場で力強くライブをしてくれるのだろう。今年もFuji Rockの後に1回限りの小さなライブをプレゼンとしてくれたStereophonicsの姿勢にはとても共感を感じる。アンコールの最後は彼らの最大のヒット曲 ”Dakota” 。少しPOP過ぎるサウンドから以前はあまり印象に残らなかった曲だが、彼らのガッツのある演奏と会場の大合唱は感動的だった。近くにいた彼女たちのようにStereophonicsとの青春の思い出があるわけではないが、それでもとても幸福に満たされた楽しい2時間だった。
 
 Wake up call, coffee and juice
 Remembering you
 What happened to you?
 I wonder if we’ll meet again
 Talk about life since then
 Talk about why did it end
 
 You made me feel like the one
 You made me feel like the one
 The one
 
 I don’t know where we are going now
 I don’t know where we are going now
 So take a look at me now
 
 "Dakota (2005)"
 
 
 
 バタクランの悲劇の直後、多くのアーティストがパリで予定していたコンサートの中止を発表したが、テロ3日後、Simply Redはパリ Zenith で予定どおりライブを行った。もちろん参加を取りやめた人々も少なくなかったと思うが、Youtubeに投稿されている”If You Don't Know Me By Now”の会場の大合唱を観ると、Antoine Leirisのように「自由に幸福に暮らし続ける」ことでテロに打ち勝とうとしているパリの人々の思いが感じられ胸が熱くなる。
 
多くの人にとってコンサートは生活を豊かにしてくれるものだと思う。音楽を楽しみ思い出を心に刻んでいくような普通の日常生活を送れる社会が、いつまでも続いていくよう我々は努力しなければならないと強く感じている。
 
 
(MG)


| Prev | Index | Next |


| Home | Profile | Collection | Column | リンク集 |