Column
Our Roots


 31 October,2013    Ol' 55 / Tom Waites
 
 ずっと気になっていた映画に今月やっと行くことができた。
「路上/オン・ザ・ロード」
 Jack Kerouac原作の ビートジェネレーションの代表的作品”On the Road”初の映画化である。製作総指揮Francis Ford Coppolaは1957年に発表されたこの作品の映画化権を1979年に手に入れ、2012年になってようやくその夢を実現させた。監督は“Diarios de motocicleta”(モーターサイクルダイアリー)のWalter Salles ということもあり、発表から50年後、この興味深いJAZZとマッカーシズムの時代の悩み深き旅がどのように描かれているか、ロードショー公開でリアルタイムに味わいたかったのだ。
 
 都心から遠く離れた駅からバスに揺られて、大型ショッピングセンターにあるシネコンにたどり着く。港に面したレストランとゲームセンターは金曜日の夜だというのに人気がほとんどない。チケットを買い指定された席に座ったが、上映時間になっても観客は3人しかいなかった。個人的思い入れと館内の空気のギャップに戸惑ったが、誰にも邪魔ざれずにビール片手に50年代のビート達に思いをはせながら映画を堪能するのも悪くないと思った。ビートニクスの生き残りは、このエリアでは今夜3人だけだったということだ。
 映画は学生時代に読んだ原作とは随分印象が違っていた。ディーンとサルの自由を希求する旅が原作どおり展開されるが、保守的な価値観から決別し新しい世代が台頭する50年代後半の躍動感の裏側で、父親の喪失が背景に暗く漂っていた。(そもそも、MGの持っている83年初版の河出書房の文庫本では、冒頭でサルが決別したのは父親ではなく妻なのだ。)クールなトーンで描かれている原作と異なり、観終わった後ウエットな重圧感が妙に心に深く残った。Kerouac と Salles のメッセージを対比させてもう一度原作を読み返して みたいと思った。
監督のWalter Sallesはインタビューで語っている。
 
「路上/オン・ザ・ロード」が書かれたとき、世界はまだ完全に形成されていなかった。ボルヘスはかつて文学における最大の喜びは、まだ名前のないものを名付けることだと言っていた。現在、私たちはすべてがすでに為され、探求されたような印象を持っている。〜(中略)〜「路上/オン・ザ・ロード」はこの動けない状態に対する解毒剤のようだ。これこそ私がこの小説で一番惹かれるものだ。」*注1
 
 
 ビートジェネレーションと呼ばれたこの時代の作家達は、アメリカの多くのミュージシャンに影響を与えた。Bob DylanとAllen Ginsberg、Lou ReedとWilliam Burroughs、そしてJack Kerouacといえば、Tom Waitesである。
1973年にデビューしたTom Waitesは「遅れてきたビートジェネレーション」と呼ばれている。彼はJack Kerouacの作品に深く傾倒し、10代で放浪の旅に出てからOn the Roadの世界に住みつき、その体験をベースにした夜の街を歌ってきた。
彼はこんな事を語っている。
 
「ケルアックとの出会いはとてつもない啓示みたいなものだった。彼の本を見つけてからは、それはもう夢中になって読み耽ったもんさ。あれがなければ俺なんかきっとロッキードの工場か、宝石屋か、ガソリンスタンドに職を見つけ、結婚して3人の子供を持ち、休みはビーチでごろごろする・・・そんな普通の人生を送っていたに違いない。俺が奴を見つけたのは随分あとになってからのことだけど、彼の作品が発表されて以来、恐らく数えきれないほどたくさんのアメリカ人が突然何かに取りつかれたように車に飛び乗り、東へ西へ、何千マイルという放浪の旅をしてきたはずなんだ。」*注2
 
 Tom Waites を初めて聴いたのは大学時代、1980年リリースの"Heartattack and Vine"。今まで聞いたことのない強烈な歌声は、ただものでないショックを受けた。後にSpringsteenのカバーで有名になった"Jersey Girl"を友人に聴かせても、「酔っ払いの嘔吐のようだ」と言われた事を覚えている。その声は当時全盛のMTVを賑わしていたアメリカンロックに馴染んだリスナーにとっては、確かにとんでもなく酷い歌声だったと思う。だが、その心地よさと正反対の強烈な個性に心を奪われてしまったのだ。「酔いどれ詩人」Tom Waitesの唸り声は、そこらの虚構のロックスターにない本物の物語を語っているように感じた。(歌詞が聞き取れていたわけではないが)
 
 Jack Kerouacは”On the Road”が成功して有名になると、路上から姿を消し母親との隠遁生活を送り、Tom Waitesが"On the Road"に出会った数年後の69年に47歳で亡くなった。一方Tom Waitesは「ピアノ弾き・酔いどれ詩人」から「前衛的アーティスト・俳優」に変化を遂げていき、声はどんどんつぶれていったが今でも評価の高い作品をリリースし続けている。"Swordfishtrombones"(1983年)などの80年代のアイランド移籍後の3部作から現在に至るまで創造性に溢れた前衛的な作品をリリースしている。85年の"Rain Dogs"以来、Keith Richards とは飲んだくれのアウトロー仲間としての関係を続けており、2011年発表の”Bad as Me”でも2人は共演している。あまりに怪しいこの組み合わせは似た者同士すぎて、何故か笑ってしまいそうになる。
40年のキャリアで孤高の進化を続けるTom Waites のアルバムの中で思い入れが強いのは、結局70年代のアサイラム時代の作品、中でも1stアルバム "Close time"(73年)は特別だ。初めてのレコーディングに本人は満足していないようだが、Kerouacの世界に純粋に憧れて夜の街をさすらっていた素朴な息吹きが感じられ、強烈な毒素がない代わりに聴きながら素直に酔えるところが大好きだ。カウントから1曲目の"Ol' 55"が始まる瞬間は、いつ聴いても不思議な懐かしさがこみあげる。
特別な夜にはこの瞬間が時々恋しくなる。冷え込む週末の夜は特に・・・
 
 
Well my time went so quickly,
I went lickety, split, out to my old '55
As I drove away slowly, feeling so holy,
God knows, I was feeling alive.
 
Now the sun's coming up,
I'm riding with Lady Luck,
Freeway cars and trucks, Stars beginning to fade,
And I lead the parade
Just a wishin' I'd stayed a little longer
Oh Lord, that feeling's gettin' stronger
 
(Ol' 55 / Tom Waites 1973)
 
 
2012年に蘇ったJack Kerouacの”On the Road”の映画をTom Waitesはどのように感じるのだろうか? もし彼がこの映画を見ていたら、相変わらずの毒舌でこう言うかもしれない。
「糞くらえだ!」
(MG)
 
*注1「オン・ザ・ロード」ウォルター・サレス監督 オフィシャル・インタビュー
*注2 "SMALL CHANGE:A LIFE OF TOM WAITS" Patric Humphries (1989 室矢憲治訳 大栄出版)