Column
Our Roots

 29 October,2014    Hey Jude / Wilson Pickett
 
 魔法のように特別な音楽を生みだす場所。好きなアルバムを並べてみると、それが特定の場所、特定のスタジオで創られていた事に気づく事がある。
昨年OGより勧められて愛聴盤となった、グラスゴー出身の女性シンガー Luluの1970年リリースのアルバム” New Routes”、その魅力的なサウンドがその場所で創られていたことを後で知った。
 マッスル・ショールズ。そこでは、サザンソウルの名盤が数多く生み出され、そのサウンドに憧れた多くのアーティストがその場所を訪れた。
 
 この夏、ロードショー公開されたばかりの「黄金のメロディ〜マッスル・ショールズ」を観に行った。新宿駅東口の100席程度の小さな映画館は満席、驚いた事に上映1時間前にチケットはSOLD OUTとなっていた。大物ロックアーティストをクローズアップしたプロモーションが奏功しているようだ。アイルランドのロックボーカリストの起用は何故?と思ったが、それでも活字でしか触れる事のなかった伝説のサザンソウルの数多くのエピソードが、当時の映像をバックに当事者の口から語られ、音楽の背景となる空気がより立体的に感じられた。 初めて見るアラバマ州の田舎町マッスル・ショールズの風景。ネイティブ・アメリカンから“歌う川”と呼ばれるテネシー川に囲まれた湿地帯、綿花畑。その美しい風景は如何わしい歓楽街とは別世界だ。サザンソウルのもうひとつの聖地、メンフィス市内黒人居住区にある映画館を改装したSTAXとは随分雰囲気が異なり、マッスル・ショールズのFAME Studiosの周りは本当に何もない。スタジオのロケーションは当然アーティスト、スタッフの心理状態に影響を与え、マッスル・ショールズの個性となってレコードに刻まれている。
 
 映画は、FAME Studiosを立ち上げたRick Hall中心に進行していく。強烈なキャラクター達が一攫千金を夢みてスタジオを作り、溢れる才能を表現する場所を求める若者を引き寄せ、発展途上の音楽産業に挑戦していった時代。Jim Stewart(STAX)、Sam Phillips(Sun Studio)、彼らのストーリーはどれも波瀾万丈で面白いが、Rick Hallの歩んできた道は壮絶だ。絶望から這い上がってFAME Studiosで成功を収めるも、独善的で強引な個性によりFAMEのサウンドを支えていたレギュラーバンドを失ってしまう。Rickの元を去ったSwampersのメンバーはアトランティック・レコードのJerry Wexlerのサポートを受け Muscle Shoals Sound Studio を立ち上げ、FAMEから仕事を奪い争う事になる。映画の中では過去の怨念を超えて久しぶりに彼らが再会するシーンがあり、並の音楽映画とは一線を画す奥深い感情が描かれている。
 
 映画のエピソードはどれも興味深いが、Wilson Pickettに纏わる逸話は特に面白い。アトランティック・レコードのJerry Wexlerは、Percy Sledge のマッスル・ショールズでの録音"When A Man Loves A Woman"の成功に注目し、"In the Midnight Hour" (1965)を録音後にSTAXとトラブルとなったWilson PickettをRick HallのFAMEに送り込む。 Wilson Pickett が初めてマッスル・ショールズの空港に着いた時、一面綿花畑の田舎町でのレコーディングを拒否するが、Rick Hallに一蹴される。Wilson Pickettの記憶ではこうだ。
「ふざけるな。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行くぞ、ピケット。一緒にヒット・レコードを作るんだろう」※注
FAMEの躍進はここから始まった。
 Rick Hallは、黒豹と言われた暴れん坊 Wilson Pickettを手なずけ、FAMEの常連ソウルシンガーとして素晴らしい作品を数多くレコーディングする。中でも67年リリースのアルバム"The Sound of Wilson Pickett"はサザンソウルを代表する名盤だ。 Roger HawkinsのドラムとDavid Hoodのベースによる大地に根を生やしたような泥臭いビート、 Chips Moman のソリッドなリズムギターが絡むファンキーなグルーヴをバックに、Wilson Pickettの魂のシャウトが響く。バラードでも Wilson Pickettは繊細な情感を歌い上げるのではなく、あくまで直球勝負のストレートな感情移入で聴かせる。
 映画では Wilson Pickettが Duane Allmanと絡むシーンも印象的だ。FAMEのスタジオミュージシャンだった Duane の"Hey Jude" カバーの提案には誰もが反対したが、バンドメンバー、スタッフが昼休み中に Wilson Pickettが Duane に説得されこの歴史的名演が実現した。The Beatlesのあまりにも有名なこの名曲をゴスペル的解釈でアプローチ、原曲とは別の世界観から切り込み、とんでもない昂揚を生み出した。始まりは厳粛、後半爆発する熱唱はいつ聴いても感動的だ。最後は Duan Allman のギターソロがシャウトと絡み合い火花を散らす。それはサザンソウルをロックに近づける破壊力をもっていた。驚愕のギターソロを聴いたJerry Wexler は Duane Allman をアトランティック・レコードに引っ張り、Duan は更に多くのセッションを重ねエネルギーを蓄積する。Eric Clapton はこの無名のギタリストに興味を持つようになる。そしてロックの歴史が大きく動いていく。
 
「黄金のメロディ〜マッスル・ショールズ」は Wilson Pickettの"Land Of 1000 Dances" (ダンス天国)で始まり、Lynyrd Skynyrd の"Sweet Home Alabama"で余韻を残して終わる。 豊な音楽が魔法のように生み出された特別な場所。レコードに刻まれたマッスル・ショールズのサウンドはテネシー川の流れのように途切れることなく、音楽の奇跡に憑りつかれた人たちの心の中にいつまでも響き続けるだろう。
(MG)
 
※注 「スイート・ソウル・ミュージック【リズム・アンド・ブルースと南部の自由への夢】」ピーター・ギャラウニック著 新井崇嗣訳 (シンコーミュージックエンタテイメント)