Column
Our Roots


 28 Feburary,2014    So You Want to Be a Rock 'n' Roll Star / Tom Petty and the Heartbreakers
 
 正月休みに Walter Salles 監督の「モーターサイクル・ダイアリーズ」(Diarios de motocicleta)を再び観た。 昨年「路上/オン・ザ・ロード」を観て、 Walter Sallesのこの佳作を改めて見直したいと思ったのだ。
この映画は若かりしチェ・ゲバラが親友アルベルトとブエノスアイレスを出発し、南アメリカ大陸を北上する旅を描いたロードムービー。 美しい風景の中、無邪気な自由の旅を続けるうちに少しづつ成長していくチェ・ゲバラが魅力的に描かれている。 MGがこの革命家の青春旅行を知ったのは、97年に翻訳された原作「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」だった。 おんぼろバイク“ポデローサ号から始まる旅の物語(すぐにバイクは壊れてしまうのだが)は、自由な時間から遠ざかっていた当時のMGの心を捉えたのだった。
 
「その時にはこの企ての中の重要なことは何も僕らの頭の中になくて、僕らに見えていたものはただ行く手の砂塵だけ、オートバイにまたがって、 一キロまた一キロとむさぼるように北への逃避行を進めている、自分たちの姿だった。」
(「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」 エルネスト・チェ・ゲバラ 棚橋加奈江訳 現代企画室)
 
 
 20代のある時期、MGはバイクでの無計画な旅に夢中になっていた。仕事がオフの連休には、全国地図をタンデムシートに括りつけ、大まかな目的地だけ考えてバイクを走らせていた。走りながらルートを考え、当然事前に宿の予約などせず、走るだけ走って暗くなったら泊まるところを探す気ままな旅が気に入っていた。 それは、どこかへ到着する事を目的とした旅ではなく、旅する事自体が目的だった。チェ・ゲバラの壮大な旅には足元にも及ばないが、この革命家の青春旅行は20代の心躍る感覚を思い出させたのだった。
 
 きっかけとなった初めてのロングツーリングは1986年。大阪南港から北九州門司港までフェリーで渡り、当時小倉に住んでいた学生時代の友人と2人、1週間かけて真夏の九州を旅した。九州の壮大な風景を全身に浴びて、不安や喜び、疾走とトラブル、出会いと別れ、いろいろな事があった。耶馬溪の清流、吹上浜のウミガメ、野間岬のコバルトブルーの海、都井岬の仲間たち、大波の中泳いだ日向のビーチなど事前には想像もできない充実した旅になった。 そんな最初の冒険の時ずっと頭の中で鳴っていたのは、 Tom Petty and the Heartbreakersの"Pack Up the Plantation: Live!"だった。
 
 Tom Pettyは、学生時代はあまり関心がないアーティスト、いやどちらかというと苦手な方に分類されていた。 MTVのプロモーションビデオに登場する彼の風貌は、か細い西海岸のサーファーが無理に力んでロックしているように見えて馴染めなかった。 そんな勝手な思い込みが一掃されたのは、Tom Petty and the Heartbreakersがバックを務めた86年3月のBob Dylanの大阪城ホールでのライブだった。 Dylanのパフォーマンスがブレイクとなりトイレに行ってる時、カリスマシンガーのバックバンドの重圧から解き放たれたような、それまでとは全く違うドライブする " American Girl"の演奏が聞こえてきて、初めて彼らの魅力に気がついた。 その夜4曲演奏された彼らだけのパフォーマンスは、自分にとってはその日のDylanを超えるサプライズだった。そして、その後、リリースされたばかりの"Pack Up the Plantation: Live!"をすぐさま手に入れたのだった。
 
"The Birds"のカバー"So You Want to Be a Rock 'n' Roll Star"から始まるこのライブアルバムは、85年の"Southern Accents"リリース後の北米ツアーの記録である。情感溢れる"The Waiting"、Stevie Nicksとのデュエット"Needles and Pins","Insider"、Mike Campbellのギターが唸る" American Girl"など、あの大阪城ホールで感じたままの、生き生きとした演奏に心奪われた。 最初のロングツーリングでは、その時一番夢中になっていたこの"Pack Up the Plantation: Live!"をバックに押し込み、旅のスタートと彼らの鼓動とがシンクロして、ひとつの風景を形成していったのだった。
 
 「モーターサイクル・ダイアリーズ」は、南アメリカの苦悩に触れながらチェ・ゲバラが革命家に成長する予感を漂わせて旅は終わる。 この無邪気で無計画な旅が、彼の中に歴史を転換させる程の変化を与えたといえるかもしれない。
どんな人にとっても、どんな小さな旅であっても、日常から離れて予想できない別の世界に飛び込んでいく旅には何かしら発見がある。旅の終焉を迎えた時、多かれ少なかれ出発する前の自分と違う自分になっているはずだ。自分にとってバイクの旅に夢中になったこの時期の変化は、今の自分自身のパーソナリティの欠片になって形作られているだろう。
今でも"So You Want to Be a Rock 'n' Roll Star"のイントロのギターを聴くと、九州に向かう夜のフェリーの中でこれから始める冒険への期待をかきたてられた事を思い出す。 それは、20代のある瞬間の風景に一体化された自分だけのテーマソングとなって心の中にしまい込まれ、世界を映し出す鏡となっている。
 
(MG)
 




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